題 『生きているということ』 |
みなさんは、『生きている』ということはどんなことだと思いますか。 あるテレビ番組を見ていた時、ひとりの少女がこんなことを言いました。「なんで私はこんな家に生まれたんだろう。もっと…普通の生活がしたい…。」と。 私はその言葉を聞いた時、ふと、『生きている』ってどんなことなんだろうと思いました。 その言葉を言った少女の家庭は両親が離婚していて、少女と母親の2人暮らしでした。少女は私より一つ年上の中学3年生。けれども、学校には通えず、日々母親から虐待を受けていました。蹴られたり、殴られたり…母親からの虐待は、おさまらなかったそうです。しばらくして少女は施設に入ることになり、母親からの虐待はなくなりました。 少女が言っていた「もっと…普通の生活がしたい…」という言葉にどんな思いが込められていたのか、そして『生きている』とは、どんなことなのかもう一度考えてみました。 そう考えた時、私は単純に、自分たちが過ごす一瞬一瞬が生きている『あかし』なのではないかと思いました。 まず、お母さんのお腹の中に私やみなさんの命が宿った時から、生きているあかしが一つ生まれます。それからどんどん大きくなって、時には友達とすれ違ったり、家族とケンカしたり、誰かを好きになったり…面倒臭いと思う学校の授業だって、とても大切な生きているあかしだと思います。生きていなければこんな風にいろんな感情を抱くことはないし、生きているからこそ今の自分がいて、『生きる』あかしが日々きざまれていくからだと思いました。 たまに、「死にたい」などと言っている人がいます。私は、とても残念なことだと思いました。当然のように、「死」は「生きる」こと、つまり自分の終わりだからです。世の中には病気などで死にたくなくても亡くなってしまう人が沢山います。だから「生きたい」ということが叶えられずに亡くなってしまうのです。そんな人たちのことを考えると、「死にたい」などと言っている人たちは、とても無駄な時間を過ごしていると思います。だから「今日も一日楽しく過ごそう!」「明日も一日頑張ろう!」など、そんな風に考えを持てば生きているあかしがもっと増えると思いました。 こんなことを考えながら私は、あの少女の言葉を思いだしました。少女が言った「普通の生活がしたい…」。この言葉には、少女の生きるための気持ちが込められていると思いました。虐待を受けていた少女にとって、「生きる」ということはとても苦痛なことだったと思います。だから、私たちが過ごす平凡で当たり前の毎日が、少女にとってどれだけ幸せなことなんだろうと考えました。私たちにとっては、ただ毎日いろんな感情を持ち、ただなんとなく過ごしているかもしれないけれど、そんな毎日でさえ生きているあかしになるのです。 私たち人間には、生きていられる時間が限られています。だから私は、日頃からどんな時でも一秒一秒を大事にし、無駄なく生きていきたいと思いました。 どんなに辛いことがあっても、生きる大切さを忘れないで、みなさんにも生きていってほしいと思います。そんな様々な出来事がこれからの人生に繋がっていくのです。だからこそ、『生きている』ということはとても大切で貴重なことだと私は思います。 |