> 優秀賞(北海道教育委員会教育長賞)



石狩地区 千歳市立勇舞中学校 3年 山田 萌未やまだ  もえみ 

題 『かけがえのない時間』

  「いってきます。」
  そう言う私に、父や母、弟が「いってらっしゃい。」と返します。今後は、和室の仏壇の前に座り、 手を合わせて言います。
  「おはよう。いってきます。」
  返事はありません。仏壇に置いてある写真に写る赤ちゃん…。私と二つ離れた妹です。
  妹が生きていた頃、私は二歳でした。そのため、当時の記憶がほとんどありません。だから、 私の中の妹はピンボケした静止画のようでした。ある日、妹のことが知りたくて、母に聞いてみたのです。
  妹は生まれてすぐに、医師から短命であることが告げられました。「一日も生きられない」と。 けれど、妹はその言葉に必死で逆らおうとしたのです。
  「ミルクを口から飲むことはできない。」そう言われたけれど、少しずつ飲むことができるようになりました。 「寝返りはできない。」そう言われた体なのに、寝返りをしようとする姿を見せました。何より、 「一日も生きられない。」と言われたのに六ヶ月間、妹は生きたのです。
  妹が生きた六ヶ月間。それは、妹の人生が詰まった、かけがえのない時間でした。しかし、 妹が生まれてから、父も母もひどく悲しみ、涙を流しながら妹に接していたそうです。
  そんなある日の買い物先で、私が子供服売り場に向かって駆け出したことがありました。そして、 乳児用の小さな服を手に取り、妹の服を選び始めたのです。入院中の妹は白い白衣しか着ていません。 私のその姿を見た母は、妹に着せようと生まれる前に用意していた服を思い出しました。それは、 心が止まってしまった母に、「かわいい服を着せてあげたい。」という、当たり前の感情が戻った瞬間でした。
  さらに、妹の必死で生きる姿を見ているうちに、「この子の人生を涙だけで終わらせるわけには いかない。楽しく笑って、一緒にいられるだけでいい。この子の人生にたくさんの思い出を作ってあげたい。」 そう思えるようになったと教えてくれました。
  これが、母から聞いた、妹が生きていた頃の話です。この話を聞いてから、妹のことを深く考えたり、 妹がもし生きていたらと想像するようになりました。私の中の、ぼやけていた妹がはっきりし、 さらに大きな存在になったのです。
  みなさんにとって、「幸せ」とは何ですか。
  人にはそれぞれ、いろいろな幸せがあるでしょう。夢をかなえること、好きなものに打ち込むこと、 答えは一つではありません。私は、平凡な日々を過ごす時間、特別でなくていい、 生きて、一日一日を大切な人と笑い合えることが、一番の幸せだと思います。
  普段過ごしている日々の大切さを、妹は教えてくれました。その土台がなければ、 その上に飾られたものは、空虚なものになってしまうはずです。その日々があるからこそ、 他の幸せも輝くのではないでしょうか。
  明日、自分はどんな一日を迎えるのか。明日、周りの人達はどんな一日を迎えるのか。 それは、誰にもわかりません。神様でもない限り、未来なんて誰にもわかりません。だから、 私達人間は、いつ何があっても後悔の残らないように一日一日を精一杯生きるべきではないでしょうか。
  「このまま時が止まってほしい。」並んでお昼寝する私と妹を見て、母は願ったそうです。 しかし、時は流れます。流れていくからこそ、今日という新しいかけがえのない時間を作っていくのです。
  「いってきます。」
  今日も、妹が天国から、私達家族を見守ってくれています。